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大阪高等裁判所 昭和28年(ラ)115号 決定 1954年2月05日

抗告人 康河亀

訴訟代理人 菅厚昌人 外三名

相手方 梅田振興株式会社 外二名

訴訟代理人 押谷富三 外五名

主文

(一)相手方株式会社竹中工務店との関係で原決定を取り消す。

(二)抗告人が金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として次の仮処分を命ずる。

(1)原決定に表示の本件土地(同地に存する工作物を含む)に対する相手方株式会社竹中工務店の占有を解き、これを抗告人の委任する執行吏に保管させる。

(2)執行吏は現状を変更しないことを条件として右物件を相手方株式会社竹中工務店に使用させなければならない。

(3)執行吏は相手方株式会社竹中工務店が右物件につき占有の移転、建築工事の続行その他現状を変更する処分をしたとき、又は次の(4) に掲げる場合には、右(2) の使用の許可を取り消さなければならない。

(4)執行吏は抗告人が大阪地方裁判所昭和二六年(ヨ)第一四四〇号仮処分命令の執行として本件土地に存する工作物を除去したり、物的設備をしようとするときは、これを許容しなければならない。

(5)執行吏は右(1) 記載の物件がその保管に係るものであることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

(三)相手方株式会社竹中工務店が金五〇〇、〇〇〇、〇〇円を供託するときは右(二)の仮処分命令の執行の停止又はその執行処分の取消を求めることができる。

(四)相手方梅田振興株式会社及び同株式会社梅田ビルデイングとの関係では抗告人の本件抗告を棄却する。

(五)抗告費用中抗告人と相手方株式会社竹中工務店との関係で生じた部分は同相手方の負担とし、その他の部分は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は「原決定を取り消す。原決定に表示の本件土地に対する相手方等の占有を解き、これを抗告人の委任する執行吏に保管させる。執行吏は相手方等が現状を変更しないことを条件として本件土地を相手方等に使用を許したままで保管することができる。右の各場合に執行吏はその保管に係る事実を公示するため適当な方法をとらなければならない。相手方等は本件土地につき占有の移転、建築工事の続行その他現状を変更する一切の処分をしてはならない。」との裁判を求めた。

抗告人の主張した抗告理由の要旨及びこれに対する相手方等の主張の要旨は別紙記載のとおりである。

そこで本件の問題点を被保全権利の存否と仮処分の必要性の有無の二点に分けて判断し、結論を導くことにする。

第一、抗告人の被保全権利の存否について

抗告人の疏明資料によれば抗告人は昭和二一年一〇月本件土地を所有者渡辺から賃借し、その頃渡辺と共に実地に臨んでその引渡を受けたことを認めるに足る。もつとも相手方等の疏明資料によれば、反対に抗告人は本件土地の引渡を受けなかつたと認めることもできるが、それによつては抗告人の右引渡についての主張並びに疏明を排斥し、抗告人は本件土地の引渡を受けていないことが明らかであるとまではいうことができない。されば当裁判所は抗告人は本件土地について占有権を承継取得したと一応認め、これを前提として本件を考察する。そして当事者間に争いのない事実及び本件記録によれば、抗告人は所有者渡辺を被申請人として昭和二三年六月八日「被申請人は抗告人が賃借権を有する本件土地につき板囲その他抗告人のなす建築に妨害となるべき一切の行為をしてはならぬ。」との旨の第一の仮処分を得て、国際倶楽部建築のために本件土地について地均しを施したこと、昭和二三年一二月渡辺は相手方梅田振興に対して同会社の増資による現物出資として本件土地を譲渡し、昭和二四年四月三〇日その所有権移転登記を了したこと、抗告人は同会社を被申請人として昭和二六年一一月八日「被申請人は本件土地へ立ち入つたり、同地上へ建築は勿論板囲、小屋掛その他抗告人のする建築工事の妨害となる一切の行為をしてはならぬ。」との旨の第二の仮処分を得たこと、これより以前の昭和二六年九月一日相手方梅田振興は同竹中工務店に対し同工務店が建築工事を請け負つた第一生命ビル工事用材料置場及び仮事務所に使用のために本件土地を一時賃貸し右第二の仮処分命令の発せられた前後頃には同工務店が現実に本件土地の占有使用をなし、右賃貸借は契約更新によつて昭和二八年三月末まで続いたこと、その後同年七月二二日相手方梅田振興は同梅田ビルに対して本件土地を賃貸して同相手方はその占有を取得し、次で同月二七日同相手方は同相手方竹中工務店を工事請負人として請負代金九一六、〇〇〇、〇〇〇円、工事着手同年八月一日、建物引渡の時期昭和三〇年三月三一日と定め鉄骨鉄筋コンクリート建地上九階地下三階の梅田ビルデイングの新築工事を請け負わせて占有を移転し、相手方竹中工務店は現に本件土地を直接占有して該工事を続行中であること、相手方梅田ビルは相手方竹中工務店、同梅田振興及び同相手方の代表取締役である植中清外四名の発起設立に係り、昭和二八年六月一三日設立登記を了して成立し、その代表取締役の一人は右植中清であること、抗告人は相手方梅田振興に対しては占有回収の訴を既に提起し、目下大阪地方裁判所において係争審理中であることを認めることができる。

以上の事実によれば、相手方梅田振興は昭和二六年九月一日本件土地を相手方竹中工務店に賃貸するに当り、その頃抗告人の占有を奪つて同相手方に引き渡し、同相手方の直接支配に委ね、昭和二八年七月上旬には本件土地を相手方梅田ビルに賃貸して引き渡し、その頃同相手方は請負契約に基いてその占有を相手方竹中工務店に移したもので、相手方梅田ビルは侵奪者の直接の特定承継人であり、相手方竹中工務店はさらにその者の特定承継人であるが、いずれも右侵奪の事実を知つて取得したものというべきである。されば、抗告人は民法第二〇〇条の規定により、右相手方両名に対しても占有回収の訴を提起し得る関係にあり、従つて抗告人は相手方三名に対し被保全権利として占有権を有するものと認めるのが相当である。この点に関し相手方等は本件土地の占有は昭和二六年九月以来終始相手方竹中工務店に属し、相手方等三名間に占有の移転、承継の事実はないと主張するが、右主張が単に現実の引渡の否認を意味するに止まるならばともかく、その他の方法による占有権の譲渡までも否定するものとすれば、到底容認し得ない主張であることは本件記録によつて明らかである。又相手方等は相手方竹中工務店は本件土地を昭和二六年九月おそくとも同年一二月二二日以来占有し、その占有は善意で、かつ占有開始後二年余を経過しているのに、まだ同相手方に対して占有回収の訴の提起がないから、抗告人は同相手方に対しては本件土地の占有権を主張し得ないと抗争する。なるほど民法第二〇〇条第二項の律意からすれば、一旦侵奪物が善意の特定承継人の占有に帰するときは、その後悪意の特定承継人の占有に移つたとしても、その者に対して占有回収の訴を提起し得ない(昭和一三年一二月二六日大審院民一部判決)のである。しかし右特定承継人が占有代理人(賃借人、受寄者等)である場合は、事は自ら異つてくるものといわなければならない。なんとなればこの場合本人(賃貸人、寄託者等)が侵奪者であり、直接占有から間接占有に変つたとはいえ侵奪物は依然として侵奪者の占有にある事実に眼をふさぐわけにはいかないから、たとえ占有代理人が善意であつても右本人の占有の瑕疵は治癒されないものというべく、被侵奪者はこの占有代理人による占有者である侵奪者に対して占有回収の訴を提起し、占有物の返還を求めることができる(大審院昭和五年五月三日民三部判決)から、このこととの関連において事態を考える必要がある。そうだとすれば、被侵奪者が侵奪者に対する訴の提起を保留して、悪意の占有代理人のみに対して占有回収の訴を提起するには、侵奪のときから一年以内にこれをなすことを要するが、すでに侵奪者に対して占有回収の訴が提起され、それが維持されつつある間に、又は右訴が被侵奪者の勝訴に帰した場合においては、占有代理人に対する占有回収の訴についての侵奪のときより一年以内という出訴期限は、自ら履践されているものと解するのが、事理上当然であるといわなければならない。されば、この場合においての占有代理人に対する占有回収の訴は侵奪のときから一年を経過した後にでも、これを提起することを得るものと解するのが相当である。次に占有代理人の善意悪意は占有取得当時を標準として決すべきことは論を俟たないが、占有の移転が行われたときはその都度善意悪意を問題としなければならないのである。侵奪者甲から占有を奪つた侵奪者乙のために占有代理人丙(たとえば賃借人)が善意で代理占有をなし、次では侵奪者乙から占有の譲渡を受けた他の占有代理人丁のために代理占有をなし、そのときは既に侵奪の事実を知つていたとすれば、右丙の直接占有が当初から引き続いているとしても、右丁のために代理占有をしたのは、そのときに再び目的物の特定承継人になつたものというべきであるから、丙はなお悪意の特定承継人というに妨げないのである。されば抗告人は相手方等三名に対し本件土地の占有権を主張し得ると解する次第である。これと反対の見解に立つ相手方等の主張は失当として排斥する。

第二、仮処分の必要性の有無について

抗告人は昭和二六年一一月八日相手方梅田振興に対して前記のとおり第二の仮処分を得ているから、本件仮処分はそれと重複する限りにおいて必要性のないことは明らかであり、又他の相手方両名に対して第二の仮処分につき承継執行文の付与がたやすく(訴の提起なくして)なされるならば同断である。ところで民事訴訟法第七五六条第七四九条によれば、仮処分命令については命令後債務者の承継がありこれに対して執行する場合に承継執行文の附記のなさるべきことは、疑いの余地がなく、右承継は一般承継に限らず特定承継を含み、その承継には占有の承継を含むと解すべきことは、民事訴訟法第七四八条第五一九条第四九七条ノ二の規定上格別異論のないところである。ただ仮処分の特定承継の場合においては保全処分の特質から鑑みて、承継人との関係においても仮処分の必要の存するときに限つて承継執行文は付与さるべく、この必要性が存しないときは承継執行文の付与は許されないものと解すべきである。しかしこの一点を外にしては、承継執行文の付与について仮処分たると一般の強制執行たるとにより別異に扱うべき理は全然ないものというべきである。単純な不作為を命ずる仮処分は執行を要しないものであるから、特別の定めのない場合には、強制執行は許されず、従つて執行文の附記は許されないという相手方等の主張はあたらない。けだし単純な不作為を命じた仮処分は、債務者が義務違反をしない以上執行し得ないことはもとより当然だが、このことは不作為義務を命じた一般の債務名義の場合においても少しも異なるところはないのである。不作為を命じた仮処分の執行は民事訴訟法第七五六条、七四八条、七三三条、七三四条、民法第四一四条に則り、代執行、間接強制等によつてこれをなすことを得るのであるから、相手方等の主張は採用できない。又単純な不作為を命じた仮処分は債務者が義務違反をしない以上執行もできないのであるから、執行期間を定めた民事訴訟法第七四九条第二項の規定は準用の余地がないものと解する外はない(不作為を命じた仮処分の執行としての除却命令等の執行については右執行期間の制限が存し、又執行機関による執行処分を要する仮処分について承継執行文の付与があつたときは、そのときから右執行期間の準用があるものと解すべきであろう。)これと反対の見解に立つ相手方の主張は採用しない。法益権衡から承継執行文の付与を否定すべきであるとする相手方等の主張も当らない。それは右第二の仮処分取消の事由としての事情変更又は特別事情に該当するにすぎないのである。さて、前記第二の仮処分の後に、その債務者である相手方梅田振興から相手方梅田ビルに、更に相手方竹中工務店にそれぞれ本件土地の占有移転承継のあつたことは前に述べたとおりであつて、それは執行裁判所に明白であり、又証明書を以て証し得るとことである。従つて前記第二の仮処分について相手方梅田ビル及び同竹中工務店に対して承継執行文はたやすく付与せらるべき関係にある。抗告人は原裁判所に右承継執行文の付与を申請したが、またその許否の決定がないから、本件仮処分は全面的にその必要性があると主張するが、このことは第二の仮処分と重複する範囲内の本件仮処分に必要性を認める法律上の理由となすを得ない。されば本件仮処分は相手方三名に対する関係において、本件土地につき建築工事の続行その他現状変更の処分の禁止を求める部分はその必要がないものと認めるのが相当である。

次に相手方等の占有の解止とその執行吏保管を求める仮処分は、前記のとおり本件土地の直接占有をしている者は相手方竹中工務店だけであり、他の相手方二名は間接占有者であるから、相手方竹中工務店に対してのみ求むべく、且つこれを以て足るものというべく、従つてその余の相手方両名に対しての右仮処分申請は理由がない。そして相手方竹中工務店は現に本件土地を占有して建築工事を続行中であり、これによつて抗告人の将来の強制執行による権利の実現が不能又は著しく困難となることは多言を要しないから、同相手方に対しては仮処分をなす必要があるといわねばならない。

第三、結論

そうすると、相手方竹中工務店に対する関係において抗告人の仮処分申請を却下した原決定は取消の要があり、同相手方に対する関係では金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として、抗告人の権利を保全するに足る適当な仮処分をなす必要があるものと認める。そして当裁判所は前記第二の仮処分の執行せられる場合のあることも勘案し、主文第(二)項(1) 乃至(5) の方法によりその目的を達し得るものと認める。

ところで、抗告人の本件土地についての権利は占有権と賃借権であり、右賃借権は一般の第三者に対しては対抗力を有しないものである。その権利は執行不能又は困難になつたとしても、金銭的補償を得ることにより終局の目的を達し得べきものであつて、民事訴訟法第七五九条にいわゆる特別の事情に該当するものと認められ、一方相手方竹中工務店が建築中のビルデイングは鉄骨鉄筋コンクリート建の地上九階地下三階の大建築で相当程度の進捗を見ており、今この工事の続行を禁止されることは、たとえ損害の保証が十分あるとしても堪え得ないことであるわけである。従つて民事訴訟法第七四三条を準用し、右仮処分命令につき主文第(三)項のとおりその執行を免れることを得させるために供託すべき金額を記載するのが相当であると認める。

相手方梅田振興及び同梅田ビルに対す本件仮処分は理由がなく、これを却下した原決定は相当であるから、右関係では本件抗告は棄却すべきである。

そこで抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

抗告代理人の主張

本件土地は抗告人が所有者渡辺新右衛門から昭和二一年一〇月頃建物所有を目的として賃借し、その引渡を受けたものであつて、賃借権の設定登記はなく、右地上に抗告人の登記した建物も存しないが、抗告人が排他的に占有権賃借権を有するものである。ところが地主渡辺には抗告人の右物件についての占有を妨害するおそれが見えたので、抗告人は仮処分を申請し、昭和二三年六月二日抗告人の建築工事を妨害することを禁止する旨の大阪地方裁判所昭和二三年(ヨ)第七五号不動産仮処分決定(以下第一の仮処分と呼ぶ)を得た。しかるに右渡辺は相手方梅田振興と通謀の上同会社の増資による現物出資として渡辺が本件土地の所有権を譲渡したように仮装し昭和二四年四月三〇日右移転登記を了した。しかも相手方梅田振興にも抗告人の実施しようとする建築工事を妨害しようとする模様が見えたので抗告人は同会社を被申請人として建築妨害禁止の仮処分(大阪地方裁判所昭和二六年(ヨ)第一四四〇号)を申請し、昭和二六年一一月八日「被申請人は本件土地へ立ち入つたり、同地上へ建築は勿論、板囲、小屋掛その他抗告人のする建築工事の妨害となる一切の行為をしてはならぬ。」との旨の仮処分決定(以下第二の仮処分と呼ぶ)を得た。しかるにその後である昭和二八年七月相手方梅田振興は相手方梅田ビルと通じて同相手方に本件土地を賃貸したように装い、相手方梅田ビルは故意に第二の仮処分を無視して、相手方竹中工務店にビルデイングの建築を請け負わせ、同年八月相手方竹中工務店はその情を知りながら本件土地に右ビルデイングの建築工事を強行して抗告人のこれに対する占有を奪つた。そこで抗告人は再三にわたつて交渉し相手方等の行為の中止方を求めたが応じないので、占有権を被保全権利として本件仮処分申請に及んだのである。ところが、原審は抗告人が本件土地を賃借した当時所有者渡辺は既にその占有を喪失しており、抗告人はその引渡を受けることができなかつたと認め、これを理由として本件仮処分申請を却下した。右判断は誤つており、これは抗告人の説明を不当に採用しなかつたことに基く。仮に原審の判断するとおり抗告人は訴外渡辺から本件土地の占有を承継しなかつたとしても、抗告人は第一の仮処分を得た後、稗田長次郎に本件土地を管理させ、建物建築のため地均し工事を施し、これによつて本件土地の占有権を原始取得したから抗告人は被保全権利として占有権を有することが明らかである。従つてこの点の判断を怠つてたやすく本件仮処分申請を排斥した原決定は失当である。なお抗告人は本件仮処分申請と前後して、大阪地方裁判所に前記第二の仮処分について承継執行文付与を申請している。相手方等の主張によれば相手方梅田ビルは昭和二八年七月二二日相手方梅田振興から本件土地を賃借し次で同年七月二七日相手方竹中工務店にビルデイング建築工事を請け負わせ、同工務店は同年八月一日から右建築工事を開始し目下工事続行中であるという。そして原審の判断によると本件土地の占有は相手方梅田振興を経て現在相手方梅田ビルデイング並びに同竹中工務店にあるのである。してみると相手方梅田ビル並びに同竹中工務店は相手方梅田振興の承継人であるが故に右相手方両名に対して第二の仮処分の承継執行文は付与せらるべきである。しかしながらこのことは第二の仮処分と重複する範囲における本件仮処分の必要性を減殺するものではない。なんとなれば前述の抗告人の承継執行文付与申請に対して第一審裁判所は今日までその許否の判断を下していない。仮に今直ちに承継執行文の付与があつたとしても、これで事は終らず、付与された執行文に基いて不作為義務違反の建物除却命令の申立をなし、債務者審訊の上これが決定を得て執行することにより、はじめて本件仮処分と同じ目的を達し得られるのであつてその間に要する日子は現在のところ予測しかねる事情にあるからである。相手方竹中工務店が第二の仮処分当時既に本件土地を占有していた事実は否認する。第二の仮処分後約一ケ月を経た昭和二六年一二月一二日抗告人は同相手方が本件土地に、第一生命ビル建築のために建築材料を山積している事実を発見し、退去を要求したが応じない。それで昭和二六年一二月二二日同相手方を被申請人として大阪地方裁判所昭和二六年(ヨ)第一七二二号仮処分命令を申請したところ、同相手方が退去したので右申請を取り下げた。同相手方が第一生命ビル工事用材料置場として本件土地を一時占有使用をしたのは、相手方梅田振興との間の賃貸借契約によるものであり、昭和二八年三月末その占有は一旦中断した。そして相手方竹中工務店が本件土地に対し新しい占有を開始したのは昭和二八年八月一日からであり、これは相手方梅田ビルとの間の工事請負契約によるものである。すなわち相手方竹中工務店は前の占有においては賃借人として賃貸人である相手方梅田振興のために代理占有をし、後の占有においては請負人として相手方梅田振興からの土地賃借人である相手方株式会社梅田ビルデイングのために代理占有をしているのである。従つて仮に百歩譲つて相手方竹中工務店自身の代理占有が外形上間断なく継続していたとしてもその自己占有も新しい代理占有の開始によつて新しく開始されるものといわなければならない。抗告人は相手方梅田振興に対しては占有回収の訴を提起し該事件は大阪地方裁判所に係属審理中である。他の相手方二名に対してはまだ占有回収の訴は提起していない。

相手方等代理人の主張

抗告人が渡辺新右衛門から本件土地を賃借した事実は不知、抗告人か本件土地について占有権を承継し又は原始取得した事実は否認する。抗告人主張のとおり第一及び第二の仮処分のあつたこと並びに抗告人がその主張のとおり第二の仮処分について承継執行文付与の申請をしたことは認める。本件土地の所有権は昭和二三年一二月二九日現物出資により右渡辺から相手方梅田振興に移転し昭和二四年四月三〇日その所有権移転登記がなされた。渡辺は昭和二一年七月頃は本件土地に対する事実上の支配を失つていたが、同年末頃より渡辺は朴漢植をして逐次これを回複し、第一の仮処分当時朴が本件土地を占有使用していた。抗告人は第一の仮処分を得た後に梅田に命じて本件土地に立ち入り地均しをしたことがあるようだがそれは朴漢植の有する占有を一時妨害したにすぎない。相手方梅田振興は右朴を経て渡辺から昭和二五年一二月末に本件土地の占有権を取得し、同相手方は昭和二六年九月一日相手方竹中工務店に建築材料置場としてこれを一時賃貸しその占有を移転した。相手方梅田ビルは昭和二八年七月二二日相手方梅田振興から建物所有の目的で本件土地を賃借し、同月二七日賃借権設定登記を完了した。そして同日相手方梅田ビルは同竹中工務店に九一六、〇〇〇、〇〇〇円をもつて本件土地上にビルデイング建築工事を請け負わせたのである。これを要するに、相手方竹中工務店は昭和二六年九月一日相手方梅田振興から本件土地を賃借して引渡を受けて以来引続きこれを占有しているものであつて、第二の仮処分後に占有を承継した事実はなく、相手方梅田ビルは諾成契約による賃借権を取得し本件土地を占有すべき本権を取得したが、事実において本件土地の占有に関する地位を取得した事実はない。相手方梅田振興は昭和二六年九月一日から今日に至るまで単に占有代理人を通じて本件土地を間接に占有するに止まり、本件土地の占有に関する如何なる地位をも第三者に承継させた事実はない。そもそも占有保全を目的とする不作為命令の仮処分は、決定が債務者に送達せられると同時にその効力を生じ、債務者の意思はこれによつて拘束せられるけれども、執行吏の占有を伴わない仮処分は仮処分当事者以外に効力を及ぼすものでないことは理の当然である。本件第二の仮処分の効力を受けるものは相手方梅田振興だけであり、その以前から本権に基いて占有を継続して来た相手方竹中工務店及び所有者の承諾を得て請負人に本件土地の上に建築工事を委嘱した相手方梅田ビルに対して何等の効力を及ぼさないのである。仮に相手方梅田振興が第二の仮処分の発せられた後に本件土地の占有を相手方竹中工務店に移転したものとしても抗告人は同相手方に対して本件土地の占有権を主張しえない。なんとなれば同相手方に対して抗告人は昭和二六年一二月二二日仮処分申請に及んだが、その頃本件土地の占有は同相手方に侵奪されていたことになるわけであるのに抗告人は同相手方に対してその後二年余経過した今日においても占有回収の訴を提起していないのみならず抗告人の主張するところによれば、相手方竹中工務店は侵奪者である相手方梅田振興の特定承継人ということになるが、相手方竹中工務店は承継当時侵奪の事実を知らなかつたのであるから、抗告人は民法第二〇〇条第二項の規定上同相手方に対しては最早占有回収の訴を提起し得ないことが明らかである。さればこの点からいつても抗告人は本件土地の占有権を主張することはできないのである。なお抗告人は第二の仮処分について承継執行文の付与を得て執行し得るかのごとく主張するが、この主張は誤りである。なんとなれば不作為を命ずる仮処分は執行を要しないものであるから、当該仮処分命令中に債務者が命令に従わない場合に債権者側において採り得る特別の処置の定めがないならば、強制執行はむしろ許されないものと解すべく、仮にそうでないとしても抗告人は右第二の仮処分を執行することができるときから一四日の期間を徒過したから、民事訴訟法第七五六条第七四九条第二項の規定に照しこれを執行することはできない。執行のできない仮処分である以上承継執行文の付与は許されないといわなければならない。さらに本件について考慮しなければならないことは法益権衡の問題である。そもそも仮処分の必要性は仮処分をしないことにより仮処分債権者の受ける損害が仮処分によつて仮処分債務者の受ける損害よりも大であるかどうかによつて決せられる。しかるに抗告人の被保全権利は占有権にすぎない。しかも占有の本権として抗告人の主張する賃借権は登記を伴わないところの元地主渡辺に対する債権であつて、現地主である相手方梅田振興には対抗し得ないものである。これに反して相手方梅田ビル及び竹中工務店は本件土地を占有すべき正当の権利がある。従つて仮に万一抗告人が占有回収の訴によつて本件土地の占有を一度は獲得するとしても、早晩相手方等による本権の訴により奪回せらるべき一時的権利であり、その上本案訴訟で勝訴判決を得て執行不可能になつても、抗告人の受ける損害は極めて僅少であり、その損害は金銭で充分賠償できるものである。一方相手方梅田ビル及び同竹中工務店は既に本件土地に鉄骨鉄筋コンクリート建ビルデイングを建築中であり既に三階分を完了し今日までに建築工事に投じた資金は金二五、〇〇〇、〇〇〇円を超えており、仮処分によつて相手方梅田ビル及び同竹中工務店の受けるべき損害は毎日金五〇〇、〇〇〇円という巨額に達するし、旁々第二の仮処分の異議事件(大阪地方裁判所昭和二六年(ヲ)第二九八号)は何時落着するか見通しもつかぬ状態である。本件仮処分申請の許容又は第二の仮処分の承継執行文の付与によつて相手方梅田ビル及び同竹中工務店の受ける損害ははかり知るべからざるものがある。本件仮処分又は第二の仮処分の承継執行を許さないことによつて抗告人の受けるかも知れない損害はこれに比べれば文字通り九牛の一毛にも足りないのである。ここにおいて本件工事を差止めることは法益権衡の原理に反することこれより甚しきはないというべく、従つて相手方梅田ビル及び同竹中工務店に対するかくのごとき仮処分は仮処分の目的を逸脱するものといわなければならない。

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